パリのアラブセンターを見学した時に、寄木細工がありました。箱根のものと、ほぼ同じと思いました。ですので、イスラエルから、はるばる日本まで、移住してきた、という説は、全くおかしい、とまでは思わなくなりました。文献は改竄できるし、嘘も書けますが、民芸品は生活品だから、それを作る民族ごと、移動してきた感じがするのです。
大昔の陸地は、現代よりはくっついていたらしいので、意外と早く来られたのでしょうか。あとは海ですよね。日本の本州がフォッサマグナで半分に分かれた島になっていて、東北は台湾近くにあったという飛鳥昭雄氏の珍説があるようです。天変地異で、二島はくっついたとか。
海部氏にも海が付いていて海運に縁がありそうですし、海も天もアマと読みます。どちらも天皇家に出てくる名称の一つですね。例えば大海人皇子→天武天皇は、両方のアマがつけられています。
ヒンデローペンの工芸品の写真を探していたら、いろいろ似たようなものが出てきました。これはアンデルセンの物語なんでしょうか?
そして、扉が開いていると、ん?観音開き?仏壇?
天使が飾られていますが、ここにキリストやマリア様を入れていたんでしょうね。
隠れキリシタンも、観音様と称して、マリア様を拝んでいた、とyoutubeで見たことがあります。
漢字を作ったのが漢民族ではなくて、原始キリスト教徒だというストーリーが、「失われたミカドの秘紋」に小説として綴られていますが、とても面白いんです。1つ1つの漢字が、聖書のエピソードにちなんでいるという仮説。正しいかどうかなんて、わかりませんが、よくできたストーリーだなと思います。漢字の十にしても、十字架と言えば十字ですしね。