好きなもの、心惹かれるもの

読書感想、音楽、陶器、織物、雑感などを書いています。

パッチャラキティヤパー王女

タイ王室の国王の第一子であったパッチャラキティヤパー王女が薨去されたことは存じていましたが、他の側室との間に4人も王子があったのに、側室と共に、国外退去を命じていたとは知りませんでした。そして、現在残っているのが、たった二人の王女と王子。王子の方は、学習障害があるのだとか。男子のみが、国王になれると思っていましたが、タイ王室は女子でも王位を継げるようになったのだとか。しかしシリワンナワリー王女は、ファッションは大好きでも政治経済に興味はなさそう。そもそも、スティダー王妃との間に、どうして子供を作られないのでしょうね。1番聡明で外交的な王妃だと感じますが。

 

ameblo.jp

ameblo.jp

 

 

「まぼろしのデレン―間宮林蔵の北方探検」

関屋敏隆著 福音館書店 

 

この絵本、まだ読んでいないのですが、歴史的に興味があります。

 

 

関屋敏隆さんは、型染めの技法を用いた布地版画の絵本に取り組んできました。この技法はとても時間がかかりますが、力の入った絵本ができあがります。この「まぼろしのデレン」は型染め布地版画絵本の第四作目となります。 この間、知床をはじめとした北海道やサハリンの魅力にとりつかれ、北の国を舞台にした作品を発表しています。「オホーツクの海に生きる」(戸川幸夫文、ポプラ社)は産経児童出版文化賞美術賞、ブラチスラバ世界絵本原画ビエンナーレ金のりんご賞を受けています。 2002年に発行した「やまとゆきはら」(福音館書店)に続き、今回の「まぼろしのデレン」は探検・冒険ものの第二作です。

 

 

洪宝

2010年に、鄭和の墓と長らく信じられてきた墓を発掘したところ、石に刻まれていたのは洪宝(ホンバオ)という名の明朝の宦官提督だった、という動画です。自分の名前が歴史書から削られることを見越して、自分の功績を石碑に刻ませて、埋めておいたという賢い宦官の話。日本でも、発掘されたものの中に、偽物が混じっていた事件があった記憶があります。この宦官の話は初耳ですが、とても興味深いですね。

www.youtube.com

 

2010年、考古学者たちは鄭和の墓と長らく信じられてきた墓を発掘しました。石に刻まれていたのは洪宝(ホンバオ)という名の明朝の宦官提督で、6世紀もの間、他人の陰に隠れて眠っていた人物でした。 これは、名将の陰に隠れた指揮官の物語です。明朝の宮廷に迎え入れられた少年が、自らの艦隊を率いてインド洋を横断するまでに上り詰めたのです。洪宝は、遠く離れた港、東アフリカ、個人的な巡礼、人知れず行われた宮廷任務、そして最終的に航海記録を消滅させた政治的な争いなど、様々な出来事に関わってきます。

では、なぜ後世の人々は彼の墓を鄭和の墓として記憶していたのでしょうか?そして、唯一残された墓碑銘は、宝船団、明朝の宮廷、そして公式の歴史から抹消された人々について、一体何を物語っているのでしょうか? 最後までご覧ください。洪宝の正体を消し去った過ちが、同時に彼の存在を再び世に知らしめる証拠をいかにして保存したのかが分かります。 この英語の中国史ドキュメンタリーは、歴史的な美術作品、考古学的証拠、現存する遺物、地図、そしてドラマチックな映像再現を用いて物語を語ります。 

チャプター:

00:00 鄭和の墓だと誰もが思っていた墓

05:55 宮廷に入った少年

09:09 名高い艦隊の背後にある艦隊

10:10 鄭和が成し遂げられなかった任務

14:09 知られざる航路 15:52 洪宝の巡礼

19:01 航海の裏に隠された金銭戦争

20:56 皇帝の秘密の追跡

26:31 粛清と焼却された文書

32:00 生き残った石碑  

33:53 洪宝が「鄭和」になった経緯

38:15 失われた提督の復権

 

「薬膳セルフケア大全」

水田小緒里著 ソーテック社

 

夜中に目覚めてしまって、寝付けないようなときに、中医学の本を読んでいます。先にご紹介した「川手鮎子さんの薬膳365日」は入門編。こちらはそのあと読むのにぴったりだと思います。川手さんは、80歳だけあって、文字は大きめに配慮されていますし、絵本のような装丁になっていて、これも夜中にのんびり読む本にぴったりでした。ほんわかしていますし、水彩の絵が優しい感じで癒されます。

水田さんのは、中医学を身近にわかりやすく、実用的にチェックリストを入れて、自分でセルフケアできるように書かれた本です。店頭で見ましたが、こちらが2冊目。1冊目とどこが違うのか、あまりわかりませんでした。とても良い本なのですが、文字が小さいのだけがとっても不便。虫眼鏡が必要なくらい小さいページがあるのです。

中医学は、6年前に医療気功を習った時に、初めて知りました。難しい専門書よりも、この本はわかりやすく噛み砕いて書いてありますし、症例と対策の例も載っています。チェックリストが何種類も載っているのも良いと思います。ただ、同じ症状でも、人それぞれで、同じ食べ物で改善するとも限らないそうです。この症状があるときは、どの臓器がバランスを崩しているか、ということがわかります。

ある程度の症状を、軽いうちに自分でケアして改善できると、病院へ駆け込む必要がないですし、風邪薬を飲む必要もありません。風邪は、絶食して安静にしていれば治るから、風邪で病院へは行かない。と元看護婦さんから聞いたこともあります。ご主人は内科医で、一家で病院へは行かないで、寝て治すと聞きました。薬を飲み慣れてしまうと、いざ、本当に必要な時に、効かなくなってしまうからだそうです。特に抗生物質は飲まないと言われていました。

 

 

 

 

 

 

辻井伸行さんのドキュメンタリー動画とは

以前聞いた話。館ひろしさんのお父さんが、井上陽水に1億円を出して、息子の為に曲を書いてもらって、歌手デビューしたのだとか。そこで、「あ!そういえば」と辻井さんのドキュメンタリー動画のことを思い出したのです。何故私は違和感を感じたのかを。あのショパンコンクール一次選で、お母さんが白の最新のシャネルスーツを着ていたのを見て、「お金ならあるんです。」と主張されているように、私は感じたのでした。

クラシック音楽をプロでやろうと思ったら、とてもお金がかかります。40年前で、オーケストラを1時間だったか2時間貸し切ったら、25万円と聞いたことがあります。伸行さんが7歳くらいから、オーケストラを雇って協奏曲の伴奏をしてもらったり、何かと豊かな資金で、息子さんの為により良い環境を整えられていたのは動画にも出ていました。でも、まさかドキュメンタリー動画を撮ってもらって、地上波で番組として流したり、youtubeで流すことで、プロモーションにもされていたのではないか、とは思いつきませんでした。

私の想像になりますが、一次予選後に、ポーランドのTVメディアから、辻井さんはインタビューされていますから、その際に、個人的に辻井さんがショパンコンクールに出ているところだけを映す番組の為にカメラクルーを同伴していたことなど、主催者側にわかってしまったのでは?そして、それが主催者側にしたら、公平を欠くという意味でも、前代未聞だとか逆鱗に触れた?のかもしれませんね。だから早くお引き取りいただきたくて、一次予選で落としたのかもしれません。お母さんが民放のアナウンサーだったとのことで、プロデューサーとも連携があり、あれだけ多くの辻井さんの個人的な番組が撮れたのかも?視聴率も良かったのでしょうし。

逆に、米国ヴァン・クライバーンコンクールでは、個人的にカメラマン同伴で、あれこれコンクールを撮影していてもOKだったんでしょうね。審査委員長が、許可されたのだと思います。審査委員長が、辻井さんがオーケストラとうまくコミュニケーションが取れていたか、指揮者に質問しているところまでカメラは映していました。指揮者は、「目が見える人よりも、むしろ辻井さんの方が、うまくできていたくらいだ。」と褒めていました。また、審査委員長が、「辻井さんが耳だけで超難解な課題曲を学んで、完璧に弾いた時、我々は皆、涙を流して、本来しない拍手を止められませんでした。」と語られていました。米国の価値観では、苦労して上り詰めていくストーリーは肯定的に捉えられていると聞いたことがあります。

辻井家が雇ったカメラマンなら、全体を映すのではなくて、もう1人の優勝者を映すこともなく、辻井さんだけにフォーカスするわけです。もしくは、行ったのは番組クルーかもしれません。学芸会とか、運動会、我が子だけを親が一生懸命撮りますよね。あれに似た印象を私は感じたんです。そしてやたらとお母さんが画面に出てこられるのもどうしてかしら?と思っていました。まるで、盲目の息子を世界的なピアニストに育て上げた私....を演じている女優かのように。謎が解けてスッキリ。そういう目で見ると、とてもピッタリ来たのでした。良い悪いではなくて。

辻井伸行さんは天真爛漫だし、それを計画したわけでもないですが、それでも何か、変、と感じられたのではないでしょうか。「ショパンコンクールは落ちて良かったんだよ。あれが悔しくて、猛烈に練習するようになったから。」と言われていました。

気の毒にも、クラシック界で辻井さんの同年輩のお友達もいなさそう。石井琢磨さんや、反田恭平さん達が、クラシック界に大勢友人の輪があって、ジョイントコンサートをしたり、イベントを楽しそうにされています。石井さん、反田さん、その友人たちも、地道にコツコツ、お一人で、自前で撮ったyoutubeを流していらっしゃいますね。内情を知っているから、辻井さんに近づかないのかも。音楽界も、商売にならなければ成立しないんでしょうね。

始めの頃は、辻井さんが「早く結婚したい。」と言われていたけど、後の方になって、クライバーン優勝後、「僕の恋人はピアノだから。」とスタンウェイのピアノ工場で、8台くらいピアノを夢中になって試し弾きして、お買い上げになったシーンが印象的でした。声を聞いただけで、おそらく伸行さんは、相手がどんな人なのか、瞬時にわかってしまうんじゃないかと思います。

プチポワンのポーチ

20年近く前にパリで購入したプチポワンがついた小箱。小さすぎて、何も入らず、プチポワンだけを一生懸命剥がして、糊を取るために洗って、しまっておきました。

それを麻の布地の余りでポーチを作って、アップリケにしました。noteの方に手芸を集めているのですが、こちらにも少し載せようと思います。

note.com

 

 

ファッションの王道

むいむいさんだったか、中国本土で1番ブランド好きなのは東北の人で、売上の記録からそれがわかると話されていました。40年くらい前、私が東京で会社員をしていた頃、ルイ・ヴィトンのバッグを持った女性で溢れていました。私は重くてダサくて好きじゃない。と思っていました。それとほとんどの女性が持っているから制服みたいで嫌でした。

元アナウンサーの中村江里子さんは、40年前くらいのシャネルなどのブランド服を大事に着ていらっしゃいますね。夫のフランス人も、南仏の別荘などにお金をかけるらしくて、パリのアパートも借家だとご自分の動画で言われていました。こちらの方が、私の思う健全なイメージ。

日本だと、ブランドが1番売れるのは、なんとなく東京ではないかと思います。大阪とどちらが売上が上なんでしょうね。毎シーズン、シャネルとかエルメスとかの服を買う人というのは、もはや鴨になっている気がするのです。布地、デザイン、色などが気に入って、何かのパーティや式典に着たいと購入するならわかりますが、マーケティングに負けて、毎年そのブランドを購入するのは、見栄かお金が有り余っているのか、単なる鴨なのか。植民地民みたいな気がしてしまうのです。お節介ながら、毎年買ったブランドファッションも、いくら豪邸でも溜まってしまって置き場所に困るでしょうし、メルカリ等で売るのかしら?

バーバリーのコートはスタンダードで嫌いじゃないし、Max Maraのコートやニットはお洒落だと思います。森英恵さんが、若い頃シャネルの本店で、オーダーメードでスーツを作ってもらったら、とても着心地が素晴らしかったと言われていました。いくら高くても、吊るしは吊るしで、オーダーメードではないのです。

30年ほど前、日本に住むイギリス人と結婚していたキャリアウーマンに聞いた話。ブランド好きの彼女が言うには、「エルメスのケリーバッグが欲しいけど、買ったら離婚されちゃうから買えない。」当時、私はそれを聞いてピンと来ませんでした。ミスターフジの動画の中で、「料理の不味いイギリス人から、ドイツ料理についてとやかく言われたくない。」とか、「フランス料理なんて、大きなお皿にちょっと気取って料理が乗ってるだけでしょ。」とか、フランスって仕事もしないでチャラチャラしてる。というような、フランスをあまり好きじゃないという意見をあれこれ聞いて、なるほどね。と思いました。日本では、家庭画報」などの雑誌で、セレブが持つブランドファッションを宣伝するけれども、欧州人は、必ずしもフランスのファッションブランドに好意的ではないということなのです。

私が思うファッションの王道とは、オーダーメードです。上質の絹、麻、綿、ウールを使い、その人のサイズにぴったり合った袖丈、全体の丈、肩幅であることはもちろん、より美しく見えるように仕立てられた縫製。デンマークのマルガレーテ女王のファッションが好きなのは、それを満たして、更に独創的なデザインを女王自ら、指定しているところ。靴もオーダーメードだと思います。オードリー・ヘプバーンは、服はジバンシーのオーダーメード一択、靴はフェラガモのオーダーメードでしたね。

それと紀子妃殿下のファッションも好きです。非常にオーソドックスで、目立たないように意図されていますが、布地が特別な品で、縫製も綺麗なことがわかります。特に宮中行事でお召しになる長袖、裾までのドレスは、織り柄が凝っていて、通常手に入らないような布地でした。紀子妃殿下は、プチポワンの花のハンドバッグもお好きで、新婚の頃は丸いバッグ、結婚後は白と黒だけのプチポワンのバッグをトランプ大統領来日の記念式典の際にお持ちでした。私はプチポワンも大好きなので、一眼でわかりました。

私が究極の贅沢だと思うファッションは、白の大島紬とか、地方の伝統織物の反物を購入して、その織物でワンピースやコートをオーダーメードすること。布地自体が貴重で美しいものですし、世界に1着しかない自分好みの服ができます。庶民でも日常に絹を着ていたのは日本人くらいらしいです。この伝統的な織物を楽しめる日本人は幸せ。本当は着物として何度か着て楽しんでから、洋服に直すのがいいでしょうけれど、着物として着ていく場所がないですし、足元がやはり不安定。ブーツなら良いですが。