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堺と秀長と利休

なぜ秀吉は利休を切腹させたのか?下記のブログが面白かったです。今回堺を訪れて、改めて堺が国際貿易の街として栄えていたことを感じました。明、琉球との貿易以外に、ベトナムやタイ、フィリピンとの貿易もしていたかもしれないし。町衆が自治の精神を持っていて、支配者に安易になびかない風土。その代表が千利休でもあったのだなと思います。

母親の違う聡明な秀長を使って、秀吉は権力を手中にしました。秀長は実力が秀吉に拮抗していて、もしかしたら秀吉よりも人望もあったかもしれない。自分に息子が生まれた時点で、秀長を病死させ、その息子も17歳で病死させている説があるとか。私も史実を読んだだけで、あ、これは暗殺されたっぽいと思いました。

そして利休のケースも全く同じパターン。利休が朝鮮出兵に反対だったのは初めて知りました。利休は朝鮮を手に入れたら、貿易の中心地が堺から長崎や博多に取られて、堺が衰退するのを恐れたため、朝鮮出兵に断固反対だったとか。

利休は秀長の次の実力者No.3だったのですね。秀長が亡くなって2か月後に利休が切腹させられているのは偶然ではないと思います。利用するだけ利用して、用済みになったらポイのパターンに見えます。つまりそれほど、秀長と利休は聡明で判断力、行動力、財力と揃っていたんですね。秀長と利休を殺していなかったら、秀吉が亡くなったあと、家康に政権が移らなかった可能性もあるかもしれません。

kusanomido.com

堺市博物館で見た面白いもの

そもそも、市章が山が3つになっています。これ、散々私が取り上げたウイグルの王族の冠とも激似の形ですし、山に見えなくもありません。牡牛神のマークです。

 

日本地図皿

染付 日本地図 伊万里焼 江戸時代後期

三彩 世界地図(南北アメリカ大陸)源内焼 江戸時代後期

褐釉 世界地図皿(ユーラシア・アフリカ大陸) 江戸時代後期

こちらはかなり現代の形に近いですね

これも同様にあまり古代の地図っぽくない。

堺県になっていた時期があったことを初めて知りました。慶応4年から明治20年の間に、奈良奉行所ー奈良県ー堺県ー大阪府ー奈良県と変遷しています。堺がお金持ちなので、明治政府は取り込みたくて、堺県と格上げ?したのかも。

弾薬を入れるものだそうですが、誰のものとは書いてありません。武将クラスの持ち物なのでしょうか。蓋を開けた写真も見たかった。現代のハンドバッグとほぼ同じですね。甲州印伝という工芸品と同じもののように見えます。軽いので、私も定期入れを愛用しています。印伝は鹿革ですが、これもそうかしら。

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美しい絨毯の図案の型紙です。埴輪や古墳を作っていたという土師氏ですが、地名にも土師町が残っているのですね。

浜松にある楽器博物館へ行こうと思っていたら長く休館中でありました。なぜか堺市博物館の一角のウインドウにこれがあって。ギロって、仏教で使う木魚と同じ?音も同じような音なのでしょうか。検索したら、ポクポクではないみたい。ベトナムのギロって、風貌が亀石に似ていますね。

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