オードリー・ヘプバーン出演のテレビや映画を見てしまうのは、何を演じても、結局は彼女の個性が滲み出てきて、彼女の姿を追いたくなるからだと思います。最晩年の駄作と言われるようなドラマでも、私は最後まで見てしまいました。
中国ドラマをあれこれつまみ食いのように見てみて、やはり惹かれる女優さんや俳優さんは、外見だけでなく、内面がその人の魅力になって、観る者を惹きつけるのだと思います。「灼灼風流」」は、時代劇というより文学という気がして、とても特殊な台本だと思います。心理劇というか。
クラシックバレエは、幼い頃から王子役、主役級のバレリーナは決まっているようですが、中国ドラマもそうみたいですね。皇帝役、王子役、公主や皇后役をする俳優さんは固定している。
定王役の馮紹峰さんは、定王役のような超堅物で真面目な役柄は初めてだったみたい。ご本人もどっちかといえばプレイボーイのようです。俳優さんたちが、日本へドラマが輸出されるにあたって、日本の視聴者に挨拶する短い動画もあったのですが、個性が出ていて面白かったです。「灼灼風流」の配役の俳優さんたちの日本向けの動画は見つけられていませんが、他のドラマのものをいくつか見て、三分くらいなのに、やる気がなさそーな主役女優さんとか、逆に愛嬌たっぷり、サービス精神ある女優さんのちょっとした仕草やスピーチが面白い。
「東宮」の彭小苒Peng Xiao Ranポン・シャオランは結構好きです。このドラマは、第五王子から東宮になった李承鄞(陳星旭Chen Xing Xuチェン・シンシュー)が、西州の公主である、無垢な曲小楓を商人の顧小五と名乗って騙して彼女の家族を惨殺した上に、結婚同盟として嫁いできた公主を大事にせず、側室ばかり贔屓したり、ずうっと振り回し続けた挙句、愛していると言うのですが、彼は彼女の家族を惨殺した謝罪を一度もしていません。第五皇子だった彼の母は、子供が産めなかった皇后に殺されたことが後で出てきます。
彼が最も彼女を熱愛している頂点で、彼女は祖国に逃げ帰った挙句、祖国の弟王子と実は憎いけれども愛していた東宮(第五皇子)に和平を求めた後、刀で首を切って公開自殺を遂げてしまうというエンディングがモヤモヤします。どうせ死ぬなら、二国を繋ぐ皇子を出産してからにしたらいいのに。もしくは、東宮に恨む、と言って逃げ回るくらいなら、正々堂々と自分に謝罪を求めてもいいと思うのです。
昨年見た中国ドラマ「天盛長歌」もそうでした。紆余曲折あって、好きな相手が皇帝になり、これから二人で新しい時代を築けるという時に、家族を殺されたからと、ヒロインが崖から飛び降り自殺したエンディング。崖から落ちるエピソード、中国ドラマで頻出です。これも「東宮」という小説をドラマ化したものだそうです。仇討ち多いですね。
戦う皇帝や皇子達の話は、日本だと8世紀くらいで終わりになり、武士に戦いは移っていきます。中国ドラマを見ながら、日本でも東宮の地位を争って、叔父、皇子達が戦い、時には外国とも秘密裏に結んで戦った、小林惠子先生の著書を思いおこしています。
ドラマを全部は見てはいないのですが、ドラマの曲とポン・シャオランの無垢で愛らしい感じが好きです。そういうキャラクターは、オードリー・ヘプバーンと通じるものがあるなーと思います。ポン・シャオランは、顧小五と偽名を使っていた皇子に、「蛍を100匹取ってきて。」という台詞が1番好き、とインタビューで話していました。このシーンは敦煌で撮ったものだそうで、とても美しいと言っていました。
西域が出てくるドラマは特に、聖徳太子もこんなふうに行き来していたのだろうか、と重ね合わせて見ています。小林惠子先生の著書によれば、聖徳太子は欽明天皇の庶子で、10代から草原の道を通って、突厥帝国まで武器の商売に出向いていたとか。そして突厥可汗の公主をもらって、可汗になったのです。そのあとも、ササン朝ペルシャの皇帝を助けて将軍になり、王女を妻にもらっています。180cmくらいの高身長、部下に慕われる性格、皇后の産んだ皇子ではないため、天皇にはなれずに若くから海外で活躍後、大陸で唐軍に河に毒を流されたことにより敗戦して、百済経由で日本まで落ち延びてくる。来日前には、既に天皇になっていた別の突厥族のライバルも暗殺した上で。そのドラマティックすぎる人生を、中国ドラマの断片を見ながら、なんとなく想像しています。
中国ドラマの歌には、お琴、鉄琴、笛がよく使われていますね。多くの中国のドラマ曲を聴いてみて、「初見」の歌はノルタルジックで、西域の雰囲気が出ていて1番惹きつけられます。銅鑼の音が効果的です。イントロ最後と、曲の最後に、水がちゃぷんと音をたてる音も興味深い。陳星旭と彭小苒の声が歌に合っていて好きです。
「初見」
夜未央 月色涼 映西窗
前塵事 慎思量
夢悠長 卻總是聚散兩茫茫
濕眼眶 只盼你回望
傷 在心裡結成霜
忘不掉 是你的模樣
回首初見
那從前 相望的瞬間
抓不住 伸出的 指尖
離心碎 空流淚 人不歸
忘川之水靜看紅塵是非
時光倒回 飲下忘情一杯
若如初見 為誰而歸
秋又去 春又歸
夢與醒 輪迴
夜未央 月色涼 映西窗
前塵事 慎思量
夢悠長 卻總是聚散兩茫茫
濕眼眶 只盼你回望
離心碎 空流淚 人不歸
忘川之水靜看紅塵是非
時光倒回 飲下忘情一杯
若如初見 為誰而歸
離心碎 空流淚 人不歸
忘川之水靜看紅塵是非
時光倒回飲下忘情一杯
若如初見 為誰而歸
秋又去 春又歸
夢與醒 輪迴
「初めての出会い」
夜はまだ明けない、月の光は冷たく、西の窓に映っている
過ぎ去った昔を静かに懐かしむ
夢は長く、いつも再会と別れを繰り返す二人
涙に濡れた目で、あなたが振り返ってくれることを願う
心の傷は霜になる
忘れられないあなたの面影
初めてあなたと会ったときを振り返る
見つめ合った瞬間
伸ばした指先からすり抜けてしまった
亡き人の心は砕け散り、空しく涙を流し、
永遠に戻ってこない
忘川の水は、静かにこの世の是々非々を見つめる
時を巻き戻し、1杯飲んで忘れよう
あなたと初めて出会ったかのように
誰かのために帰ろう
秋が過ぎ また春が訪れる
夢と現実を何度も繰り返して
この漢字を初めて見ました。何族なのでしょう。砂漠の少数民族でしょうか。なんと読むのかわかりません。双語も意味不明。音楽アレンジも少し南米風の気がしました。
暮色起看天邊斜陽
恍惚想起你的臉龐
畢竟回想 難免徒增感傷
輕嘆息 我們那些好時光
夜未央繁星落眼眶
拾一段柔軟的光芒
清風過 曳燭光 獨舞無人欣賞
留花瓣隨風飄蕩
我要將過往都儲藏
編一段美好的夢想
也許幻想 到最後會更傷
假歡暢 又何妨 無人共享
你曾經是我的邊疆
抵抗我所有的悲傷
西風殘 故人往 如今被愛流放
困在了眼淚中央
啊…(輕解霓裳 咽淚換笑妝)
啊…(等你戎裝 去呼嘯滄桑)
啊…(過往終究止不住流淌)
啊…(去御劍飛翔)
啊…(也許會飛出這感傷)
暮色起看天邊斜陽
夜未央星河獨流淌
天晴朗 好風光 若你不在身旁
能上蒼穹又怎樣
船過空港 將寂寞豢養
曠野霜降 低垂了淚光
啊…(是誰隕落了我的太陽)
啊…(是你的模樣)
啊…(帶走我所有的光芒)
揚帆遠航 亦不過徬徨
奈何流放 敵不過蒼涼
啊…(我要潛入回憶的汪洋)
啊…(尋你的模樣)
啊…(唯有你是我的天堂)
唯有你是我的天堂
哀歌
黄昏が昇り、太陽が空に傾く
君の顔を思い出さずにはいられない
やはり悲しい思い出だ
楽しかった思い出にため息をつく
夜が若くなると星が目に落ちてくる
柔らかな光を拾っている
そよ風が通り過ぎ キャンドルの灯りが揺らめく中ひとりで舞う
花びらを風に浮かべておくよ
僕は過去を救う
美しい夢を作り上げよう
空想の方が結局は痛いのかもしれない
喜びを分かち合う相手がいないのに、偽りの喜びを感じて何が悪い?
あなたは私の境界線だった
あなたは私のすべての悲しみに対する境界線だった
西の風は去ったが、今私は愛によって追放されている
涙の中心に閉じ込められた
ああ...(涙は微笑みと引き換え)
ああ...(着替えて人生の波乱を待ちながら)
ああ...(結局過去は流れが止まらない)
あぁ...(剣を持って翔ぶ)
ああ...(この悲しみから飛び立つのかもしれない)
薄明かりが昇り、空に斜陽が見える
夜はまだ浅く、星は一人流れている
空は晴れ渡り、景色は美しい
空に向かって行く意味があるのだろうか?
船は誰もいない港を通り、孤独を保つ
荒野に霜が降り、涙が落ちる
ああ...(私の太陽を落としたのは誰?)
ああ...(それはあなた)
ああ...(私の光をすべて奪った)
私は船出するが、どうすればいいのかわからない
でも、流浪の旅は、殺伐とした雰囲気には勝てない
思い出の海に飛び込もう
ああ...(君を探している)
ああ...(君だけが僕の楽園だ)
君だけが僕の楽園
ウェイ・チェンシャンの人柄がとても誠実そうだなあと感じました。目が綺麗。ドラマの役より若く見えます。一児の父だそうです。こんなにハンサムでも主役にはなれないんですねえ。
ドラマはこちらから見られます。
彼女のドラマは、なぜか崖から落ちるシーンが多いですね。体育系でないと大変そう。




東宮としての婚礼衣装がすごいですね。長襦袢?が赤から出てしまっているのは気になります。









