父はイラン・イラク戦争時、イラクに駐在していました。その頃、私は結婚で迷っていて、父に相談したかったのですが、連絡できなくて悩んでいたのです。結果的に、後悔する結婚をしたことになったのですが。母の死後しばらく経って、叔父が実家を取り壊すから、中を整理したら出てきた、と言って、母と姉夫婦がイラクの父へ送ったエアメールの束とその返事の手紙を持ってきたのです。つまり、母は私にだけ、父の連絡先を故意に教えていなかったことが判明したのでした。母には私は臓器をとられていて、医師に虐待と認定もされていますが、もはや憎む気持ちはないものの、もうこの人とは関わりたくない。という思いでいっぱい。
母に虐待されていた記憶を消したい、その記憶を呼び戻したくない、その記憶の上を、外国語の歌を記憶することで書き換えたい、と思って昨年から中国語の歌を歌い始めました。目的は、呼吸筋を鍛える、顔の筋肉を鍛える、歌っている間、過去のことを思考することを防ぐこと、中国語の漢字を見れば発音できて、中国語の歌を聞けば、脳内に漢字が思い浮かぶようになること。と5つあります。
歌に慣れて、スイスイとメロディに乗って拼音で歌えるようになると、思考が湧いてきてしまうため、新しい歌リストを作って歌っていますが、昨日から暗記してしまうのが1番良いと思って、小さいノートにドイツ語、イタリア語、中国語、スペイン語の歌詞を書いて、バッグに入れることにしました。紙切れだと、歩いて見ていると風でひらひらしてしまって不便。暗記した部分だけでも歌いながら歩くと、思考は出ませんでした。
昨年歌っていた中国語のリストから、今度は拼音を見ないで、漢字の歌詞だけ見て、どれだけ歌えるかやってみました。平易な漢字の歌から始めたので、9割歌えました。
折角生まれてきて、余生も限られています。奴隷解放と感じたほど、ああ、自分はもう自由なのだ、と思ったのに、嫌な記憶に脳内を支配されるのは嫌。なんとしても、自分はそういうしがらみから離れて、音楽の中に生きている方が幸せ。だからしゃかりきになって、歌詞を記憶しようと思います。
同時に、丹田に意識を持っていくというより、丹田に引っ越しする、と決めました。ネドじゅんさんは、首から下へ思考を落としてくださいと言われます。私はよく頭を使いすぎで、脳も首も肩も凝っていると言われるので、健康維持のためにも、丹田に住んでいるイメージをします。ネドさんは、胸の座と言って、胸にいると言われますが、右脳はお腹にいる、と書かれています。考える必要はなくて、お腹から答えが湧き上がってくるのだとか。ぐるぐる思考が出たら、とにかくお腹に落とす。ぐるぐる思考が出る前に、歌っちゃう方が良くない?と思うのが私。料理でも考えなくてしていますが、歌も考えるまでもなく、口から好きな歌詞が出てくるのが理想。外国語の歌の場合は、そうなるまでは書いて覚える、聞いて覚える、見て覚える、と練習しないと記憶層に残りません。とにかくやってみるだけ。
後ろの首の真上あたりに映写機があって、そこから目の前の景色がスクリーンに映し出されているというのをMACOさんだったかどこかで読んだことがあります。その景色を背骨からストンと会陰に落とすと良いとある先生に伺ったので、散歩中はそれをやってみました。すると、思考が出ません。家の中でもやってみます。