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オードリー・ヘプバーンの着物姿

getnews.jp

偶然発見した、若き日の彼女の着物姿。竹久夢二の絵のようです。ポーズは誰がつけたのでしょうね?

kimonostyle

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1983年初来日、1987年と1990年も来日されたのだそうです。1990年5月は、庭園紀行のDVDを撮影するため、京都の西芳寺苔寺)やパナソニック迎賓館の真々庵など8か所を訪れて撮影されました。

ja.wikipedia.org

そこ彼処に、オードリー・ヘプバーンの素晴らしい生き方がわかります。このDVD、一部はyoutubeで見たことがありますが、舞台裏を、このwikiで読むことができて良かった。

上記wikiより

ヘプバーンから電話がかかってきて、「考えたんだけど、行く先々でドライヤーを借りてくれて、アイロン台とアイロンを借りてくれたら、髪もメイクも衣装も自分でやるわよ」と言ってきた。ブラクシュレーガーは「アイロンがけなんかさせるわけにはいきません!」と何度も断ったが、ヘプバーンは「いいのよ。アイロンがけは好きなの。」と言って、結局ヘプバーン自身が髪もメイクもアイロンがけもやることになった

ヘプバーンは衣装はラルフ・ローレンに相談。ヘプバーンはローレンに「私が好きな事を、全部あなたは思い起こさせてくれるのね。田舎、霧の朝、夏の午後、広々とした戸外、馬、トウモロコシ畑、野菜畑、暖炉、ラッセル・テリア。少しも気取ったところがない点を尊敬するわ。」と言っている。ヘプバーンはその衣装が自分に合うかどうかだけではなく、訪れるそれぞれの庭に合わせて選んだ。ローレンは、「店の中を一周して彼女が自分で選んだんだ。みんな既製のデザインだったよ。」と答えている。

1990年4月にはオードリー・ヘプバーンの故郷であるオランダから撮影を開始。今は博物館となっているヘプバーンの一族のドールン城で「オードリー・ヘプバーン・チューリップ」の命名式を行なった。『庭園紀行』の製作中には公認の「オードリー・ヘプバーン・ローズ」も生まれている

ロケはさまざまな種類の花の盛りに撮影したかったため、大変厳しいスケジュールになっていた。イタリアからイギリスに飛んだ時は、年に一度のバラの開花にかろうじて間に合い、続いて大急ぎで地球を半周してドミニカ共和国に飛ぶといった具合であった

ヘプバーンのスケジュールはユニセフ親善大使としての妨げにならぬように緻密に計算されており、はじめはあまりにも遠い日本に行く契約は入ってなかった。しかしブラクシュレーガーは日本庭園抜きでは完璧ではないと思い、ヘプバーンを説得した。ヘプバーンはためらう事なく、快く日本行きを承諾してくれたという。最終的にはヘプバーンは日本庭園に深く感動している。「京都の真々庵にある回遊式日本庭園は、自然界の細部や陰影に対する感性を呼びさまします。」と序文で書いたほか、特に日本で気に入ったのは西芳寺であるという。ブラクシュレーガーは「初めて会った時から、オードリーがより自然なスタイルの庭を好む事がわかった。幾何学的な庭と完璧な構造にはそれほど魅力を感じてなかった。」と言っている

撮影が終了し、予算の残りが少ないことを知ったヘプバーンは、パートナーのロバート・ウォルダーズと共に、スタッフのためにディナーを催した。ヘプバーンは出演料はユニセフに寄付している

『庭園紀行』の部分的プレビューと、ヘプバーンを記念するハイ・ティーアフタヌーンティー)が1991年3月にカルティエのニューヨーク本店で催されたカルティエは『ティファニーで朝食を』に対抗して、『カルティエでハイ・ティーを』と宣伝したかったのだという。その時ヘプバーンは、「私は『ティファニーで朝食を』食べ、カルティエでハイ・ティーをいただきました…となると次はブルガリでディナーをとらなくてはいけないのでしょうね。」と言ってみんなを笑わせた

DVDの中で紹介されている庭園

1.『バラとバラ園』

2.『チューリップと春の球根草』

3.『整形式庭園』

4.『フラワー・ガーデン』

5.『カントリー・ガーデン』

  • ニンファ庭園:イタリア、ローマ南東ラチオ地方
  • チルコム荘:イギリス・ドーセット

6.『公園と樹木』

7.『日本の庭園』

8.『トロピカル・ガーデン』

 

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