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「安閑園の食卓 私の台南物語」

辛 永清著 集英社 1986

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この方の悲恋がせつなくて、本棚にずっと眠っていたのを再読。この本を読むと、台湾へ行ってみたくなります。

台湾の9人兄弟の下から2番目に生まれ、幼い頃から大家族の食卓を台所で見てきた方。日本語の文章が美しくて、人柄を表していると感じます。豊かな家に生まれ、邸内に野菜畑、花畑、家畜、そしてバナナや茘枝のような南国の果物も生っているという自給自足の上、さらに早朝母がコックと市場に毎朝出かけるという、本当に食を大事にしている様子が描かれます。台所が二十畳、数十人の家族に加えて、使用人の分も作る、想像もできない大家族の食事です。お墓参りはピクニックを兼ねるなど、興味深い生活の様子が綴られます。

何不自由ないお嬢様として育ったのに、新婚一家で日本に滞在中、夫が彼女の持参金も使い果たして、永清さんが息子と身の回り品だけで家を出たと書かれています。胸を打つのが、離婚した夫の間の一人息子が幼いとはいえ男子であるから、実家に戻って兄一家に身を寄せるのは良くないと考え、実家からの経済的援助を断り、料理教室だけで子育てしたこと。武蔵野音楽大学を卒業されていたので、日本語には不自由なく、人脈もここから広がったのでしょうか。作家かと思うほど綺麗な文章です。ヒルトン・ホテルの調理場で教えたり、NHKの料理番組に出演されたのですね。安閑園の台所も、壁と床がタイル貼りで、水を流して毎日夜、掃除をしたそうです。

父、辛西淮は地元名士(永清さんが高校生の時逝去)、永清さんが離婚して地元に帰ると噂になるのを避けるため、日本に永住。一人息子、辛正仁さんは、台北市で東京彩健茶荘というカフェをされているようです。

父上は、立派な仏間で朝祈りを捧げていたとか、父の日のイベントが豪勢で驚きます。父上の両親は福建省出身で、清朝末期に台湾に移住。父上は植民地政府の要職にあったけれど(原文)中国の文化伝統は守り抜く強い決意で、家の宗教、行事を守り通した。戦後台湾でも日本人への迫害が始まったが、父は日本人をかばってあらゆる努力を惜しまなかった、とあります。知り合いの日本人が帰国の際、財産を辛家に預け、着の身着のままで帰り、のちに落ち着いてから取りに戻っていたとか。ネットで見ると、いわゆる漢奸の容疑だと思いますが、5か月拘束されています。義理人情の深い方のようにお見受けします。古き良き時代の中国人の倫理観や生活を感じました。

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著者は日本に30年以上いるうちに、日本語の方が使いやすくなってしまったらしく、この本は翻訳されて、台湾でも出版されたのですね。ここに書かれているような暮らしは、台湾でも縮小されてしまって、感動を呼んだようです。

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白菜と海老の煮込み

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