好きなもの、心惹かれるもの

本、映画、音楽、陶器、織物、工芸品をご紹介します。

マカロン

家中の引き出しを開けて、断捨離をしたあと、手芸の材料が残りました。いつかやろう、と思いながら、10年ほど経ったようです。作り方を忘れてしまっていたので、1つ目が完成するのに5時間近くかかってしまいました。直径3.5cm、4cm、5cmのプラスチックの丸い板があり、ファスナーの長さが何cmが的確なのか、忘れていたのもあり、悪戦苦闘して、よくやくここまで完成。まだ内側を縫わないといけません。

こういう細かい小物を見ると、直径4cmくらいに色画用紙を切って、10と書いた紙の硬貨を作り、幼稚園であったお買い物ごっこを思い出します。子供が意気揚々と買ってきたのは、折り紙の作品だったり。フランスのGienのお皿に載せてみました。

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捨てるということ

物を捨てる、ということは、過去を捨てることだな、としみじみ感じました。月日とともに、自分の体型もお月様のように、痩せたり、太ったりしますし、好みが変わって、良い素材なのに、気がのらないものがありますね。洋服なら、これを着ていた時、会った人は誰だった、とか、どこへ行った時に着た、とか、大抵思い出と洋服は繋がっています。

高かったし、気に入っているのに、出番が少なかったからもったいない、でも今あまり着るとも思えないスーツは、機会を作って何度か着てから処分したいなあと思います。夏冬の喪服と黒コートは、そのまま持っています。カシミヤやアルパカのコートは、何度も着ますし、着古すと、袖口などが擦れてくるので、いっぱい活躍してくれてありがとう、と充実した気分で捨てられます。シミが取れない服も、似合わなくなった服、気分が上がらない服も、捨てるのは簡単。迷ったら、試着して鏡に映った自分を見て、ダメだこりゃ、となるか、案外いいわね、と感じて決めます。スワトーのカットワーク刺繍のしてある、芸術的な絹のブラウスなんかは、現在製造されていないし、上質のウールや絹の布地は、本当に手に入らなくなりました。だから余計にもったいなくて捨てられない、という点はありますが、どこかで思い切らなくては。

5年ほど前からでしょうか、リバティプリントタナローン、という薄い絹のような光沢がある綿が大流行していました。とても着心地がよくて涼しくて蒸れないし、夏はすぐに乾くし、ハンガー干しならノーアイロンでいいので、重宝して何枚も持っています。手洗いしますが、多く着れば磨耗するから、よく着たものは捨てて、よそ行きにしていたものを普段着におろすとか、回しています。

下着から靴、寝具やカーテンに至るまで、見直すと、結構手間がかかります。シーツ類は綿か麻を買うので、切って、排水溝のぬめりを拭く使い捨て雑巾にしています。

私は自然素材が好きで、綿、麻、絹、カシミヤのファン。綿や薄い絹は、リメイクするのも良いです。フィリップ・モリス柄のエプロンの、下の方だけ長方形に切り、クロスに縫って宅急便を置く玄関の台に敷いたり。ワンピースの一部を利用して、スカートにしたり、手提げにしたり。アルパカのコートを捨てたとき、そのふわふわ感が好きだったので、綺麗な部分を切って、小さいショルダーバッグを作ったこともあります。

余すところなく、捨てきろうと思うと、エネルギー使いますね。玉ねぎをむくように、これはいらない、これもいらない、と減らしていき、翌日には、ああ、やっぱりこれもいらない、と。全力で捨てて、玄関に捨てるものの山ができて、更にそれをゴミ収集の日に道路に出して、ようやく回収されて、終わった〜というやれやれ感と、すっきりしたな、空間が清々しいな、という爽やかさ。今週月曜日から始めたお片付け、来週ゴミを出して完了です。

以前聞いた話で、毎年毎シーズン、3枚くらいの洋服を買い、そればかり着て、そのシーズンで捨てる女性。そういう暮らし方もあるのねぇ、と驚きました。冬物のコートなども同じなのかどうかまでは聞き漏らしました。特に夏物や、下着はそれでもいいですね。最近、欲しいわ、と一目惚れするお洋服に出会うことが少なかったので、私にはそのやり方は合わないのでは?と思っていました。そのシーズンの自分のエネルギーを、そのシーズンで捨ててしまって、毎シーズン新たに買い換えると、いつも新たな自分でそのシーズンを暮らすことができるのでしょうね。

 

オードリー・ヘプバーンの着物姿

getnews.jp

偶然発見した、若き日の彼女の着物姿。竹久夢二の絵のようです。ポーズは誰がつけたのでしょうね?

kimonostyle

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1983年初来日、1987年と1990年も来日されたのだそうです。1990年5月は、庭園紀行のDVDを撮影するため、京都の西芳寺苔寺)やパナソニック迎賓館の真々庵など8か所を訪れて撮影されました。

ja.wikipedia.org

そこ彼処に、オードリー・ヘプバーンの素晴らしい生き方がわかります。このDVD、一部はyoutubeで見たことがありますが、舞台裏を、このwikiで読むことができて良かった。

上記wikiより

ヘプバーンから電話がかかってきて、「考えたんだけど、行く先々でドライヤーを借りてくれて、アイロン台とアイロンを借りてくれたら、髪もメイクも衣装も自分でやるわよ」と言ってきた。ブラクシュレーガーは「アイロンがけなんかさせるわけにはいきません!」と何度も断ったが、ヘプバーンは「いいのよ。アイロンがけは好きなの。」と言って、結局ヘプバーン自身が髪もメイクもアイロンがけもやることになった

ヘプバーンは衣装はラルフ・ローレンに相談。ヘプバーンはローレンに「私が好きな事を、全部あなたは思い起こさせてくれるのね。田舎、霧の朝、夏の午後、広々とした戸外、馬、トウモロコシ畑、野菜畑、暖炉、ラッセル・テリア。少しも気取ったところがない点を尊敬するわ。」と言っている。ヘプバーンはその衣装が自分に合うかどうかだけではなく、訪れるそれぞれの庭に合わせて選んだ。ローレンは、「店の中を一周して彼女が自分で選んだんだ。みんな既製のデザインだったよ。」と答えている。

1990年4月にはオードリー・ヘプバーンの故郷であるオランダから撮影を開始。今は博物館となっているヘプバーンの一族のドールン城で「オードリー・ヘプバーン・チューリップ」の命名式を行なった。『庭園紀行』の製作中には公認の「オードリー・ヘプバーン・ローズ」も生まれている

ロケはさまざまな種類の花の盛りに撮影したかったため、大変厳しいスケジュールになっていた。イタリアからイギリスに飛んだ時は、年に一度のバラの開花にかろうじて間に合い、続いて大急ぎで地球を半周してドミニカ共和国に飛ぶといった具合であった

ヘプバーンのスケジュールはユニセフ親善大使としての妨げにならぬように緻密に計算されており、はじめはあまりにも遠い日本に行く契約は入ってなかった。しかしブラクシュレーガーは日本庭園抜きでは完璧ではないと思い、ヘプバーンを説得した。ヘプバーンはためらう事なく、快く日本行きを承諾してくれたという。最終的にはヘプバーンは日本庭園に深く感動している。「京都の真々庵にある回遊式日本庭園は、自然界の細部や陰影に対する感性を呼びさまします。」と序文で書いたほか、特に日本で気に入ったのは西芳寺であるという。ブラクシュレーガーは「初めて会った時から、オードリーがより自然なスタイルの庭を好む事がわかった。幾何学的な庭と完璧な構造にはそれほど魅力を感じてなかった。」と言っている

撮影が終了し、予算の残りが少ないことを知ったヘプバーンは、パートナーのロバート・ウォルダーズと共に、スタッフのためにディナーを催した。ヘプバーンは出演料はユニセフに寄付している

『庭園紀行』の部分的プレビューと、ヘプバーンを記念するハイ・ティーアフタヌーンティー)が1991年3月にカルティエのニューヨーク本店で催されたカルティエは『ティファニーで朝食を』に対抗して、『カルティエでハイ・ティーを』と宣伝したかったのだという。その時ヘプバーンは、「私は『ティファニーで朝食を』食べ、カルティエでハイ・ティーをいただきました…となると次はブルガリでディナーをとらなくてはいけないのでしょうね。」と言ってみんなを笑わせた

DVDの中で紹介されている庭園

1.『バラとバラ園』

2.『チューリップと春の球根草』

3.『整形式庭園』

4.『フラワー・ガーデン』

5.『カントリー・ガーデン』

  • ニンファ庭園:イタリア、ローマ南東ラチオ地方
  • チルコム荘:イギリス・ドーセット

6.『公園と樹木』

7.『日本の庭園』

8.『トロピカル・ガーデン』

 

ameblo.jp

ルクセンブルグ シャルル王子

ルクセンブルグ大公のギョーム大公世子に、待望のベビーが昨年5月10日に誕生。お目目がぱっちりに、キューピーさんのようなお顔がとても可愛い。幸せな気持ちになりますね。

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1歳になられたばかり。

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ステファニー妃のヘアスタイルが、古風な感じで素敵。

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フィリップ殿下のアイディア

The Advertiserというサイトに

"Prince Philip secretly planned bizarre detail of his own funeral"という記事があります。

 

Prince Philip secretly arranged one strange detail for his own funeral – and it hid in plain sight as the whole world watched.

 

www.adelaidenow.com.au

 

王室の外遊にも同行して長年写真を撮ってきた80歳のカメラマン、Arthur Edwardsが、柱の内側に隠れて、小さな窓から写真を撮るように、フィリップ殿下が依頼していたとのことです。これだけ近いので、良い写真が撮れましたね。発想がユニークです。

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1950年アテネご訪問

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フランス語インタビュー

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ドイツ語インタビュー

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